「O脚っぽいAだよね」
「Aっぽくないよね」
「O脚も入ってるけどやっぱりBだよね」
とか言っている時点で、すでに血液型で判断するには
無理があるとわかるO脚
よく小さい頃に
「あんたはホント、できの悪い子でこまったよ」
と親が言うと、子供は本当にできの悪い子に育つ
逆に「あんたはえらい」と褒めると、本当にえらい子になる
と言っても「言うだけでそうなったら世の中苦労しないよ」
って人は当然、言葉の力を信じないから活用しない
一部の知っている人だけ活用している、それが言葉の力
さて
物心ついたときから、飲みの席とかで
「あんたはA型だ」「O脚っぽい」
とか血液型分類で盛り上がる
O脚血液型分類が好きな人は、O脚の人に対して
O脚っぽい部分を必死に見つけて「O脚っぽいね」と指摘したがる
「BっぽいO脚だよね」
すでにその時点でBに見えているのに
根本はO脚であることを否定していない
そんなこんなで、別に血液型に興味がない人でも、意識しない人でも
「あんたは〜な部分がO脚っぽい」(他の部分は全然違うのに)
と言われ続けると
本当にその人はO脚っぽくなってしまうと思う
「そうかな〜そんなことないよ〜」と思っていても
他人からの評価は、自分にとってかなり強力だ
自分が思っている自分は自分ではなく
他人が評価する自分が本当の自分
性格が変わってしまって
本当に他人からO脚と言われているようなO脚になってしまうでしょう
それって怖いことだ
だって最初から血液型で性格分類なんてないはずなのに
血液型を意識しない、元々4分類されていない
性格の人たちが無理矢理、外的に4分類に当てはめられて
個性が殺されて4分類にハマる性格になってしまう
そんなの悲しいではないですか
ある部分几帳面で(A)ある部分おおざっぱで(O脚)
時には自由奔放(B)不思議なところも持ち合わせる(AB)人は
血液型判断好きな人はABO脚AB型(なんだそりゃ
ある意味、血液型分類は合っているのかもしれないけどかなしす
相性がよくないと思う血液型の組み合わせランキング
相性がよくないと思っていると、本当に相性が悪くなる
相手との相性が悪い部分を、無意識に探してしまうから
見つからなくても「深く付き合うときっとダメなんだ」
と勝手に思ってしまう。絶対そんなことないのに
白馬に乗った、超運命的な王子様が目の前に登場しても
血液型だけで「相性が悪い」と思ってしまうと
あなたの人生を、劇的に変えてくれる出会いも逃してしまうかも
この人とは合わないな〜と思いながら
仲良しになれるはずがない
前回の日記じゃないけど
結局は「意識」な気がします
飲みの席で多少盛り上げるくらいで
血液型で色々考えたりするのは、いいこと一つもない気がする